経理の実務を積んできた人が、次のキャリアとしてSAPコンサル(SAPという統合業務システムの導入・設定を担う専門職)、なかでもFI(Financial Accounting=財務会計)領域を狙うのは、実はかなり理にかなった選択だ。理由は単純で、SAP FIコンサルに本当に必要なのは「会計の構造を体で分かっていること」だから。仕訳が読め、決算の段取りが頭に入っている人は、もう半分はFIコンサルの素地ができている。この記事では、CFOzine編集部が、経理経験者が未経験からSAP FIコンサルへ移るための現実的な道筋を、求められる前提・最初の関わり方・学び方・収入の考え方まで、現場目線で整理する。
なぜ今、経理経験者にSAP FIなのか
需要の背景に「2027年問題」がある。長年使われてきたSAP ERP 6.0(通称ECC)の標準保守が、最新の拡張パッケージ(EHP6〜8)でも標準保守が終了し、追加費用を払う延長保守もやがて切れる。多くの企業が後継のS/4HANA(エス・フォー・ハナ=SAPの新世代ERP)へ移らざるを得ず、その移行プロジェクトが各社で走っている。移行とは要するに「会計のしくみを新しい箱に積み替える」作業で、ここでFI領域を分かる人手が足りていない。
ただ、「ブームだから今のうちに」という煽りで勧めたいわけではない。S/4HANA自体にも保守の区切りがあり(たとえば2023リリースの標準保守はおおむね2030年末まで)、移行が終われば次は運用・改善・再アップグレードのフェーズに入る。つまりこれは一過性の特需ではなく、会計システムが動き続ける限り続く仕事だ。経理の知見を「設計する側」で活かしたい人にとって、地に足のついた選択肢になる。
そして肝心なのは、FIは数あるSAP領域の中で、経理経験がそのまま効きやすいモジュールだということ。総勘定元帳、買掛・売掛、固定資産、月次・年次決算——これらはまさに経理担当者が毎日触ってきた世界だ。会計が分かっている人がSAPの「設定の作法」を覚えるほうが、まったくの未経験から会計を学び直すより、現場での立ち上がりは速いことが多い。
求められる前提——「会計が分かる」が最大の武器
SAP FIコンサルに必要なものを、現実的な順番で並べるとこうなる。会計の実務知識が最重要で、それを他人に再現できる手順へ「言語化する力」が続く。英語とITの素養は、あると良い前提だ。
会計の実務知識とは、仕訳・勘定科目・補助元帳・原価との関係・決算の流れのこと。とくに月次決算と年次決算を自分で回した経験は、そのままFI設定の理解につながる。業務の言語化力とは、「うちはこの取引をこう処理している」を、他人が再現できる手順に翻訳できること。コンサルの仕事の半分はこれだ。英語は、マニュアルやエラーメッセージ・設定画面が英語のことが多いため、読めれば十分(流暢に話せる必要はまずない)。ITは、データの流れやテーブル(行と列で整理されたデータの入れ物)という概念にアレルギーがなければよく、深いプログラミング知識(ABAPというSAP独自言語など)はFIコンサルなら必須ではない。
逆に言えば、プログラムが書けないことを理由に諦めるのは早い。FIコンサルの中心は「会計業務を、SAPの標準機能でどう実現するか」を決める設計の仕事であって、開発そのものではない。経理として「この処理は制度上こうあるべき」を語れる人は、それだけで現場で重宝される。
一点だけ正直に書いておくと、簿記の理解が浅いまま入ると苦労する。簿記2級程度の理解があれば、前提を一段スキップできる。実務で決算を回してきた人なら、すでにここはクリアしているはずだ。
最初の関わり方——いきなり「コンサル」を名乗らなくていい
未経験から最短でいきなり上流のコンサルになれる、という甘い話はない。だが入口は思っているより複数ある。下の3つを、リスク・実務直結度・現場性の3軸で比べてみる。
社内に手を挙げるのは、会計部門のメンバーとして移行プロジェクトに「業務側の代表」として参加するやり方だ。要件を定義する側、テストする側に回るだけで、設定がどう業務に効くかを実地で学べる。リスクの低い始め方になる。コンサル会社・ベンダーへの転職では、最初はテスト支援・マニュアル作成・データ移行の検証といった地味だが実務に直結する役割から入ることが多い。ここで腐らず、設定の理由を一つずつ追うことが半年後の差になる。事業会社の情シス/経理DX担当は、コンサル会社に限らずユーザー企業側で活躍する道で、導入を主導する経験がそのままコンサルへの足がかりになる。
どの入口でも共通するのは、最初は「設定する人」ではなく「設定を理解し、検証し、業務に橋渡しする人」から始まるということ。経理出身者はこの橋渡しが本来得意なはずで、そこを起点に少しずつ設定の領域へ踏み込んでいけばいい。
学び方——独学・認定・実機の三点セット
机上の勉強だけでは、SAPは身につかない。順番をつけるなら次の三つだ。重要なのは、これがゼロからの暗記ではなく、すでに知っている会計を「設定の言葉」へ置き換える翻訳作業だという点。だからこそ続くし、速い。
認定資格はFIなら財務会計アソシエイト認定(現行コードはC_TS4FI_2023。正式名は「SAP S/4HANA Cloud Private Edition, Financial Accounting」)が定番の入口だ。試験範囲が総勘定元帳・債権債務・固定資産・決算といったFIの全体像を網羅しているので、合格そのものより「学習のシラバス(学ぶ範囲の一覧)として使う」価値が大きい。実機(ハンズオン)は必須で、SAPは「画面を触って初めて分かる」システムだ。公式学習サイト(SAP Learning)や学習用環境で自分の手で勘定科目を作り、仕訳を入れ、転記すると、経理経験者なら「いつもの業務の裏側」だと腑に落ちる瞬間が必ず来る。そして三つ目の翻訳作業——たとえば「補助元帳」がSAPでどう表現されるか、「決算整理仕訳」がどの機能で処理されるか——を、既に知っている会計概念をSAPの用語・設定へ置き換えていく。これが経験者の最大の伸びしろだ。
ただし資格は通行手形ではなく、あくまで地図。これだけで仕事が取れるわけではない点は、正直に押さえておきたい。試験はおおむね80問・180分で、合格ラインは6割前後とされる(数値は改定されることがあるため、申込前にSAPの公式情報で確認したい)。
学習期間の目安は、実機に触れる環境があって集中できるなら、基礎が一通り見えるまで数ヶ月。ただし「触れる現場があるか」で速度はまったく変わる。だからこそ、前章の「入口」を確保することが学習そのものより先、というのが編集部の本音だ。
単価・年収のリアル——夢を見すぎず、過小評価もせず
数字は控えめに、目安として書く。未経験スタート直後は、SAPだけを理由にした高単価はまず期待しないほうが健全だ。テスト支援や移行検証といった補助的な役割からのスタートになるため、入口の処遇は会計実務の市場相場と地続きと考えておきたい。評価が明確に上がるのは、設定を任され、要件定義に関わり、最終的にFI領域を一人で語れる「自走できる」段階に達してからだ。
おおむね実務2〜3年クラスになると、評価は明確に上がっていく。SAPコンサルが市場で評価されるのは、この「自走できる」段階に達してからだ。具体的な金額は経験年数・案件・契約形態(正社員かフリーランスかなど)で大きく振れるため、ここで断定的な数字は出さない。重要なのは、最初の処遇に落胆して辞めないこと。経理経験者がFIで自走できるようになるまでの時間は、IT出身者より短いことが多い。これは武器であり、希望を持っていい根拠だ。
最後に一つ。SAP FIは「資格を取ったら終わり」の世界ではなく、制度改正・決算実務・システムの三つが交わる長く効くスキルだ。経理として積んできた一日一日が、そのまま土台になる。今いる場所から動けるなら、まず社内のSAPに手を挙げる。動けないなら、認定をシラバス代わりに実機へ触れにいく。最短ルートは、いつだって「現場に一歩近づくこと」だ。