経理を数年やってきた人が、ある日ふと立ち止まる瞬間がある。「このまま月次を締め続けて、自分はどこへ向かうのか」。だが経理の経験は、実は出口の広いキャリアの起点だ。本稿では、事業会社で管理職を目指す道、会計コンサルへ出る道、SAPなどシステム人材に振る道の3つを、求められる力と向き不向きで整理する。年収は会社規模や地域で大きくぶれるため断定はせず、傾向だけを示す。読み終えたとき、自分がどの道の入り口に立っているのかを、言葉にできるはずだ。
まず前提:経理経験は「つぶしが効く」のではなく「分岐できる」
経理・財務は採用が難しい職種だと言われる。デロイト トーマツの2025年の調査でも、経理・財務・税務部門の約36%が「人材育成・人材確保」を課題に挙げている。背景には少子高齢化による働き手の減少があり、もともと人の動きが少ないこの領域にも採用難が及んでいる。だから「経理ができる」だけでも、当面は職に困りにくい。ただし、それは現状維持の話だ。
CFOzine編集部があえて言うなら、経理の本当の価値は「つぶしが効く」ことではなく、同じ素地から複数のキャリアへ分岐できることにある。仕訳・月次・決算・税務という基礎は、事業会社の経営管理にも、コンサルの提案にも、ERP(基幹システム=会社の数字を回す土台)の設計にも、そのまま効く共通言語だからだ。
問題は、3つの道で「伸びる力」がかなり違うこと。同じ経理5年でも、向く道と向かない道が分かれる。順に見ていく。
道その1:事業会社で管理職・経営管理へ上がる
最も人数が多く、王道とされる道だ。経理担当 → 主任・係長 → 経理マネージャー → 経理部長、その先には経営企画や財務、最終的にCFO(最高財務責任者)が見える。監査法人で経験を積んだ公認会計士が事業会社へ移る流れもあり、上場企業の経理部やIPO(株式上場)準備企業のCFO候補は、人気の受け皿になっている。
ただ、この道で上がる人と止まる人の差は、**処理の速さではなく「数字で経営に話せるか」**だ。
- 向いている人:一つの会社の事業を、腹落ちするまで理解したい人。社内の人を動かして物事を進めるのが苦にならない人。腰を据えて積み上げる働き方が合う人。
- 向かない人:プレイヤーとして手を動かし続けたい人。マネージャーになった瞬間に苦しくなりやすい。
年収は会社規模に強く連動する。中小と上場企業、上場でも時価総額の桁で景色がまるで違うので、「経理部長=いくら」という相場は当てにしない方がいい。上がるのは肩書きより、預かる会社の数字の大きさだ。
道その2:会計コンサル・アドバイザリーへ出る
事業会社が「一社を深く」なら、コンサルは「多くの会社を横断で」見る道だ。会計コンサル、財務アドバイザリー、IPO支援、決算早期化、経理業務の作り直し(BPR)、M&Aのデューデリジェンス(買収先の財務調査)まで領域は広い。事業会社では数年に一度しか巡ってこない局面を、数か月単位で次々に経験できる。
CFOzine編集部の本音を言えば、ここは**「経理ができる」だけでは通用しにくい**。求められるのは、課題を構造で整理し、初対面の経営層に資料一枚で納得させる力だ。手を動かす職人芸より、「何が問題でどう直すか」を言葉にする力が評価される。
- 向いている人:飽きっぽいくらい新しい現場が好きな人。学ぶ速さに自信がある人。30代のうちに経験値を一気に圧縮したい人。
- 向かない人:一つの会社にじっくり腰を据えたい人、生活のリズムを崩したくない人。プロジェクトの波で忙しさの山が高くなりやすい。
報酬は成果と稼働に連動して上振れしやすい一方、安定とは引き換えになりがちだ。「年収が上がる」より「時間あたりの密度が上がる」道だと捉えると、判断を誤りにくい。
道その3:SAPなどシステム人材へ振る(いま需要が立っている領域)
意外に見落とされるのが、経理からシステム側へ渡る道だ。とりわけERP導入の分野は、会計の言葉とITの言葉の両方を話せる人が足りていない。経理出身者は、後者を覚えれば希少な人材になれる。
背景にあるのが、いわゆる「SAP 2027年問題」だ。代表的なERPであるSAPの旧製品「ECC 6.0」は、通常の保守(メインストリーム・メンテナンス)が2027年末で終わり、有償の延長保守を使っても2030年末で打ち切られる。多くの企業が後継のS/4HANAへ移行を迫られているが、その移行を担えるコンサルやエンジニアが足りていない。数年分の需要がまとめて立っているのに、供給が追いつかない構図だ。
監修者の浅香は、まさにこのSAP財務会計(FIモジュール=会計を担う部分)の導入PMが本職だ。現場の肌感として言えるのは、移行プロジェクトで一番詰まるのは技術ではなく、「いまの経理業務をシステムにどう写すか」を翻訳できる人がいないこと。ここに経理経験者の出番がある。求められるのは、既にある会計の実務知識に、ERPの設定思想・業務プロセスの設計・要件定義のスキルを足すこと。プログラミングそのものより、「業務をシステムの言葉に翻訳する」力が中心になる。
- 向いている人:仕組みで業務を直すことに手応えを覚える人。プロジェクト単位で動くのが好きな人。会計とITの境目に立つことを面白がれる人。
- 向かない人:会計の正解だけを追いたい人。固まりきっていない要件を、関係者と詰めていく折衝が苦手な人。
3つの道を、求められる力で並べて見る
同じ経理5年でも、3つの道で評価される力はかなり違う。費用や年収ではなく、「どんな力が伸びるか」で並べると、自分に合う枝が見えてくる。
どう選ぶか:3つの問いで自分の道を絞る
迷ったら、年収表ではなく次の3つの問いで考えてほしい。前の問いから順に答えていくと、自分の枝が一本に絞れていく。
どれが上でも下でもない。事業会社で経営管理を究めるのも、コンサルで横断の経験を積むのも、SAP人材として2027年以降の需要に乗るのも、すべて経理という同じ素地から伸びる枝だ。それさえ決まれば、次の一手——資格か、転職か、社内での手挙げか——は、驚くほど具体的になる。