月次決算が遅い会社で、「経理が怠けているから遅い」というケースはほとんどない。遅延の正体は、担当者の頑張りではどうにもならない「待ち」と「手戻り」だ。誰かのデータが揃うのを待っている時間と、一度組んだ数字を後から直す時間――この2つが、月初の経理を深夜まで縛りつけている。本稿は、その原因を現場の手触りで分解し、明日から手をつける一手を3つに絞って示す。
月次のスピードは、経営判断のスピードそのものだ。締めに10営業日かかる会社は、社長が先月の数字を見るのが「来月の半ば」になる。それでは打ち手が常に一手遅れる。
遅延の正体は「作業」ではなく「待ち」と「手戻り」
月次決算をストップウォッチで測ってみると、経理担当者が実際に手を動かしている時間は意外と短い。多くの会社で時間を食っているのは、次の2つだ。
1つ目は「待ち」。経費精算の締めが遅い営業部門、請求書を月初にまとめて回してくる購買、在庫の数を出してこない倉庫――経理は他部門のアウトプットが揃うまで仕訳を起こせない。手が空いているのに進められない。この待ち時間が、多くの現場で遅延の大きな部分を占めている。
2つ目は「手戻り」。いったん仕訳を入れ終えたあとに「あの計上が漏れていた」「この振替を直す」が出てきて、試算表を組み直す。月次は工程が直列につながっているので、後ろの工程で1つ間違いが見つかると、前の工程まで遡って全部やり直しになりやすい。手戻りは作業時間を簡単に2倍、3倍へ膨らませる。
ここで大事なのは、待ちも手戻りも「経理の作業速度を上げても消えない」という点だ。担当者にもっと速くExcelを叩けと言っても、来ないデータは来ないし、後から見つかるミスは後から見つかる。だから「残業して頑張る」という解決策は構造的に効きにくい。手をつけるべきは作業ではなく、待ちと手戻りを生んでいる仕組みのほうだ。
参考までに、早期化に取り組む会社が一つの目安にするのが、翌月5営業日以内(D+5)で試算表を固めることだ。年度決算でも、東京証券取引所は決算短信(上場企業が業績を速報で開示する書類)の開示を決算日後45日以内が適当とし、30日以内が望ましいとしている。月次がD+10で回っている会社は、まずこの距離を直視したい。
原因を3つに分解する――締め基準・他部門待ち・Excel属人化
「待ち」と「手戻り」は、現場ではもう少し具体的な3つの顔をして現れる。
1. 締め基準の曖昧さ(手戻りの温床)
「いつ時点で締めるか」「いくら未満は翌月に回すか」が明文化されていない会社は驚くほど多い。月末ぎりぎりに届いた請求書を今月に入れるか来月にするか、担当者ごとに判断がブレる。すると上長レビューで「これは入れるべきだった/入れるべきでなかった」が毎回議論になり、そのたびに数字を直す=手戻りが生まれる。締め基準とは、要は「迷わないためのルール」だ。これが無いと、毎月同じ場所で立ち止まる。
2. 他部門待ち(待ちの本体)
経理が遅いのではなく、経理に情報が届くのが遅い。経費精算の提出期限が「月末」なら、経理が触れるのは翌月になってから。請求書が紙で月初にまとめて回ってくれば、起票はそこからスタート。これは経理部内の努力では1ミリも縮まない。締め日と提出ルールを他部門に守ってもらうところまで踏み込まないと、待ちは残り続ける。ここは経理部長や、必要なら経営トップの号令が要る領域だ。
3. Excelの属人化(待ち+手戻りの両方を悪化させる)
「あの月次集計シートは○○さんしか触れない」「マクロの中身は誰も分からない」――この状態は2つの意味で危うい。1つは、その人が休むと月次が止まること(待ち)。もう1つは、セルの参照ずれや手修正のミスが混じっても誰も検証できず、後で発覚して手戻りになること。Excelが悪いのではない。中身がブラックボックス化したExcelが危ない。属人化は遅延要因であると同時に、退職リスクでもある。
最初に手をつける3つ――小さく、効果の大きい順に
全部を一度に直そうとすると、たいてい頓挫する。効果が大きく、かつ自部門だけで着手できる順に、3つへ絞る。
手① 締め基準を1枚の紙に書き出す(今週できる)
最初の一手は、お金もシステム改修も要らない。「月次決算ルール」を1枚にまとめるだけだ。最低限、次の3つを決める。
- 計上のカットオフ:何時点までの取引を当月に入れるか(例:請求書は翌月◯営業日着分まで当月計上)
- 重要性の基準:いくら未満の費用は翌月処理でよいか(例:◯万円未満の前払・未払などの調整は省略)
- 見越し・引当てのルール:毎月発生する固定費は、実績を待たず概算で先に計上し、翌月に実額へ直す(洗い替える)
これだけで、レビューでの「入れる/入れない論争」が大きく減り、手戻りが目に見えて軽くなる。完璧な数字を月初に作るのをやめ、「重要なものだけ正しく、些末なものは割り切る」と決めること自体が、早期化の第一歩だ。経営判断に1万円の精度差はたいてい要らない。
手② 月次工程表を作り、ボトルネックを1つだけ潰す
次に、月初1日目から完了までの作業を工程表(誰が・何を・何営業日目に)に書き出す。多くの会社は、自社の月次が「どこで何日詰まっているか」を可視化できていない。書き出してみると、たいてい1〜2工程に時間が集中している。
そのうえで、一番詰まっている1工程だけを改善対象にする。よくある真犯人は「経費精算待ち」だ。であれば、経費精算の締めを月末から月中へ前倒しする、あるいは月末を待たず確定分から先に処理する。全工程を一度に直す必要はない。最大のボトルネックを1つ潰すだけで、直列の工程全体が前に動き出す。
手③ 属人化したExcelに「他人が読める手順書」を1本付ける
3つ目は、いきなりのシステム刷新ではなく、今あるExcelを誰でも回せる状態にすることだ。具体的には、
- 主要な月次シートに、入力箇所・参照元・更新手順を書いた手順書を1本付ける
- 手修正(直接セルに数字を打ち込むこと)を減らし、転記は関数か、貼り付け位置を固定する
- 担当者が休んでも別の人が回せるか、一度だけ別の人に通しでやらせて確かめる
これで「あの人が休むと止まる」待ちと、「手修正ミスが後で発覚する」手戻りの両方が同時に減る。将来、会計システムやERP(基幹システム)へ寄せていくとしても、工程と手順が言語化されていなければ、システム化しても属人化したまま箱が変わるだけだ。
なお、SAP ERP(ECC 6.0)を使っている会社は、無償のメインストリーム保守が2027年末で終了し、有償の延長保守でも2030年末までという期限が迫っている。S/4HANAなどへの移行は、月次の工程と締め基準を整理する絶好の機会でもある。土台が散らかったまま箱だけ新しくしても、遅延はそのまま引き継がれる。移行の前に、まず締め基準と工程を言語化しておくことを勧めたい。
まとめ――速さは「割り切り」と「言語化」から生まれる
月次が遅い会社の共通点は、根性が足りないことではなく、割り切りの基準が無いこと、そして仕事が言語化されていないことだ。締め基準を1枚にし、最大のボトルネックを1つ潰し、属人化したExcelに手順書を付ける。この3つはどれも今月から着手でき、システム投資も要らない。
早期化のゴールは「速い数字」そのものではない。社長が先月の経営状態を、今月の早いうちに見て、すぐ次の手を打てること――それが経理が会社に返せる、いちばん大きな価値だ。まずは1枚の紙から始めてほしい。